ハロー・ベビー

右手にヘミングウェイの「罪と罰」左手に一昨日4年前にシアトルへ旅立ったアンから来たビデオレター
殆ど腐ってしまっている黒いベニヤ板とそこに存在しないかと思わされる程丁寧に磨かれたガラスとを市松模様のように組み合わせて作られた床の上でとりあえず私は自分が裸であることに赤面して周りを見わたしてみたけれど有るのは太陽と雲と青いバックグラウンドだけで足元のガラスを覗いてみても遥か下に波立つことを忘れてしまったかのようなエメラルドグリーンの海が広がっているだけで
6メートルも歩いたらもう床は途切れていて仕方ないから元の場所に戻ろうとしたらその瞬間人生できちんと味わったのは三度程しかない絶頂がなんの前触れも無く訪れて唐突さに驚いて持っているものを落とし快楽に悶えて足を踏み外した
遠目で見ていた美しさとは打って変わって海は私が落ちて行くほどドロリとした黒さが鮮明になっていき私は余りの絶望感に着水した瞬間泣き叫んだ